「マスターの教え」考察

JUGEMテーマ:精神世界をめぐって

 

 ジョン・マクドナルド著の「マスターの教え」(飛鳥新社)を初めて書店で手に取って、サッと目を通したのが、2003年の秋の事でした。

 

 その時は、あまりに簡単な記述だったので、ピンと来ませんでした。しかし、妙に気になる本でした。

 

 初めてちゃんと読んだのは、2004年の春でした。図書館に行って探したんですが、既に貸し出されていて、予約しないといけませんでした。かなり人気があったようで、図書館から連絡をもらうのに暫くかかった事を覚えています。

 

 腰を据えて読みましたが、やはり、当たり前のことが書いてあるとしか思えませんでした。もう一つの感想は、「世の中、そんなにうまくいかないよ。」というものでした。

 

 それでも、全く無視できない妙な魅力が、この本にはありました。で、中国に行く直前の2007年の夏に古本屋で、この本を購入しました。

 

 その後、中国でも、日本に帰国してからも、多くの人にこの本を勧めましたが、この本を読んだ人たちは、一様に同じ反応でした。ほとんどの人が、一回読んだだけで、

 

 「大体、分かりました。」

 

と言いました。或いは、

 

 「この通りになるんなら、アメリカの大統領になろうと思えば、誰でもなれると言う事になります。そんな事、不可能ですから。」

 

と言う反応でした。皆、私がこの本を初めて読んだ時と同じ反応を示したのです。

 

 この本は、実に簡単な言葉と表現で書いてあるので、一回読めば、その内容は大体分かると誤解しやすいようです。最初にこの本の存在を知ってから15年、初めて読んでから14年、本格的に読み始めて11年ほど経ちましたが、この本に登場するマスターが、何を言わんとしていたかを体で理解できるようになり始めたのは、つい最近です。

 

 この本の字面だけを読んでも、絶対に想念術を使えるようになりません。現に、今、私がお金に困ってますから。かと言って、この本に書いてあることが、嘘っぱちだとも思いません。

 

 成果が上がらなかったのは、この本のせいではなく、私が、マスターの言葉を真に理解できておらず、その人生哲学を実践できてなかったためです。この本の中で、あまりにさりげなく書いてあるので、つい読み過ごしてしまい、そのコンセプトを全く実践できていなかったと私が一番感じている部分は、以下の部分です。

 

「あなたの心は、何年にもわたって、何千という不必要な家具や絵画や装飾品、その他のがらくたが積もり積もって、そこらじゅうにちらばり、あらゆる場所に山積している部屋にたとえることができます。その結果、家の外側はきれいに見えるのに、家の中は混乱と無秩序でめちゃくちゃになっています。そのような状態では、何ごとをなそうとも不可能です。ある一つの目標に向かって進もうとすれば、別の物につまづいてしまい、目的に到達することができません。ですから、まず第一にしなけらばならないことは、あなたが成功するためにどうしても必要な家具の他は、一切、処分してしまうことです。」(太字強調 鷹野)

 

 これが、一番、実践するのが難しい部分です。

 

 妄想や不必要な欲望、不安、心配、恐怖など、全て余計な心の中の「ガラクタ」です。これを処分するのは、それほど簡単じゃありません。かなりの決意と意志の力、そして集中力が要求されます。

 

 "Peaceful Warrior"のSocratesも、

 

 "Take out the trash, Dan"(「ダン、そんなガラクタは捨ててしまえ!」)

 

と言っています。

 

 どんなにヒドイ状況にいても、その状況から距離を取ることが必要です。状況に巻き込まれて、心の中で悲劇を作り上げると、それが宇宙に発信されて、その通りの結末を招き寄せてしまいます。

 

 距離を取ることができれば、次に瞑想して、心配や不安などのネガティヴな想念を冷静に眺めて、消えて行くのを待ちます。こういう想念は、ジッと眺めていると、消えて行くものです。

 

 後に残るのは、初めから自分の中に存在していた、そしてこれからも存在し続ける「無意識」です。私は、これを「無意識」と呼びましたが、何と呼ぶかは、その人の自由です。「無」、「宇宙意識」、「真我」、「神我」、なんと呼ぼうと、誰の中にも存在する「大いなる存在」="Great Existence"です。ここにこそ、全てが存在します。ここから、適切な指針を得る事も、この源からのパワーを利用する事も可能になります。

 

 これも、難しい作業ですが、もし、苦境から抜け出したければ、やるしかありません。いや、「難しい」という言葉は、適切じゃないかも知れません。勿論、簡単じゃありませんが、私も含めたほとんどの人が考えているほど、難しい事でもありません。

 

 苦境というのは、悟りに到るための刺激の針なのです。


My dreams

JUGEMテーマ:精神世界をめぐって

 

 一昨日の昼から、夢をあまり見なくなりました。見る事は見るんですが、あまり意味の無さそうな一瞬の映像が、ボンヤリ見えるだけで、ストーリー性のあるものは、全く出て来なくなりました。

 

 以前、悟った時も、その直前にはほとんど夢を見なくなっていたので、もしかしたら、これで終わりかなとも考えてます。

 

 ホントは、もっと元型夢も、明晰夢も、発展させてから悟りたかったんですが、いきなりそっちに行くことも考えられます。或いは、最後に、物凄い夢を見せられる事も考えられます。

 

 あまり夢を見なくなったのは、瞑想実習時以外の覚醒時にも、なるべく瞑想的な精神状態を保つように努め始めたためかも知れません。覚醒時に想念があまり動いていないので、眠っている時にも脳が同じような状態になっている可能性があります。

 

 或いは、単に脳が休息を取っているだけなのかとも考えます。

 

 いずれにしても、明かに今までとは違う状態になっているのは、分かります。このまま一週間以上ぶっ続けで、雑夢すら見なくなれば、そのままマインドが落ちて、悟るかも知れません。

 

 今晩寝て、様子を見たいと思います。


Buddha


 たとえ
 二十歳でも
 分かる人間は
 分かる

 たとえ
 六十歳でも
 分からない人間は
 分からない



※この記事のURL: http://koshiki.jugem.jp/?eid=2560

神秘主義者




 You tubeで、エックハルト・トールの動画を視聴しました。わたくし、この方の事は今日まで存じ上げなかったんですが、この方、悟ってあるみたいですね。

 私がそう思ったのは、この方の目が、「行ってる」からです。気がふれてしまった人々と同じような目をしてらっしゃいます。でも、狂気の目とは違うんですよね。彼の目は、ラマナ・マハリシやラジニーシの目と同じような目に見えます。正気を保ったまま、マインドだけが落ちた目。ラマナ・マハリシやラジニーシと同様に、エックハルト・トールも、そんな目をしています。彼が話している事も充分傾聴に値するんですが、それよりも、彼の目や物静かな口調の方が、真理を物語っているように思えます。

 そう思うのは、私自身、過去に悟りの世界を垣間見たことがあるからかも知れません。

 「エックハルト」と聞くと、中世ドイツのキリスト教神秘主義者マイスター・エックハルトを思い出しますね。ウィキペディアで調べたところ、エックハルトを偲んで名前を本名のウルリッヒからエックハルトに変えたという見方と偶然の一致を引き起こしたという見方があるようです。

 これは、私の見方ですが、エックハルト・トールは、マイスター・エックハルトの後生なのかもしれません。悟った時に、自分の前世がマイスター・エックハルトである事を知り、エックハルトと名乗った事は充分考えられます。

 エックハルト・トールも、マイスター・エックハルトも、言っている事は、同じですね。人間の本質は、思考や感情ではなく、意識と意識の間に存在している無だということです。

 人間の内面に存在する本質に気づけば、外界の問題は自然に解消するというのは、成新会一元塾の成田新十郎先生が仰っていることとも通じる部分があるように思えます。

 エックハルト・トールは、欝という苦しみをキッカケにして、この事に気づいたのです。今、この時期に、エックハルト・トールに出会えた事を天に感謝したいと思います。



※この記事のURL: http://koshiki.jugem.jp/?eid=2472

Strength & Weakness


己の
強さを
誇る者は
弱く

己の
弱さを
知る者は
強い




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Message 16  ― 変化


 夕方、A君への空手の指導が終わり、帰りに寄った McDonald's で、注文したシェイクの紙コップに、

 "Your change changes lives." (「あなたが変われば、人の人生も変えることになる。」)

という文句が印刷されていました。まさに、この通りかもしれません。自分の周囲を、地域社会を、自分の住んでいる国を、そして世界を変えようと思うなら、まず自分が変わるしかないと言う全体からのメッセージでしょう。


丹霞禅師

智慧JUGEMテーマ:精神世界をめぐって


 丹霞禅師が、洛陽の慧林寺を訪ねた。寒かったので、禅師は、本堂にあった仏像を燃やして暖を取っていた。すると、そこへ慧林寺の僧がやって来た。

 「おい、この不届き者!仏像を焼くとは、何事か!」

 「これを焼いて、仏陀の遺骨を取り出そうって思ったんです。」

 「木製の仏像に仏陀の遺骨なんてあるもんか! 何、考えてんだ、お前は!」

 「あら、そうですか。じゃあ、残りの仏像も燃やしちゃいましょう。寒いですから。」




※この記事のURL: http://koshiki.jugem.jp/?eid=2126



  

 

幽体離脱

JUGEMテーマ:瞑想

 午前3時頃、久しぶりに幽体離脱を経験しました。

 ただ、いつもは、体から幽体が真上に抜けて行くのですが、今日は、幽体が足の裏から抜けて、そのまま水平方向に飛んで行きました。幽体は、水平方向にかなりの距離を飛んでから、ゴム紐で引っ張られるように、肉体の中に戻って来ました。

 あまり、こういう事に興味を持ち過ぎない方がいいとは思いますが、体と心の浄化が進み、肉体のヴァイブレーションが上がると、幽体離脱が起こり易くなるようです。

 最近、テレパシー夢らしき夢を見るようになりました。この事と関係あるかどうかは、ご本人に確かめる術がないので、ハッキリした事はまだ言えませんが、どう考えても、私に関する夢ではなく、他人の人生や気持ちに関する夢、それもかなり個人的な夢を見るのです。

 もしかしたら、自覚しないうちに自分の幽体が、他人の幽体に接触しているので、こういう夢を見るのかもしれません。幽体離脱とテレパシー夢や霊夢の関係、或いは、幽体離脱と明晰夢の関係などには、非常に興味をそそられるので、これから、自分の体と心に起こる変化をじっくりと観察していきたいと思います。



※この記事のURL: http://koshiki.jugem.jp/?eid=1960

多重人格

JUGEMテーマ:スピリチュアル

 人間は、誰でも多重人格者なのかもしれません。ただ、それが、いわゆる解離性同一性障害のような病的な形で現れていないだけで、人は誰でも自分の中に様々な人格を所有しているものです。

 以前から、ずっと感じていたのは、いわゆる多重人格現象と夢見の中で現れる様々な元型的イメージの類似性です。

 24人の人格を持っていたビリー・ミリガンは、頭の中で人々が会話する声を聞いていたそうですが、私も似た経験があります。

 30代中ごろに、専門的な瞑想生活を送っていたとき、職場で休み時間に瞑想していると、頭の中で二人の人間が会話している声が聞こえました。設定は、ある劇団の花形役者と脚本家(兼役者)の会話でした。花形役者は、恋愛を沢山しなければいい役者になれないと主張しており、脚本家は、芸術のためであっても女性たちを傷つけるのはよくないと反論していました。

 私は、そのとき、正常な精神生活を送っており、解離性同一症の患者さんたちのように、記憶が飛んだり、突然別の人格が表面に現れるようなことはありませんでした。

 にもかかわらず、上記のような現象を経験したのは、私の中に元々、悪と善が存在しているからでしょう。

 動物の雄は、なるべく多くの雌と交尾して子孫を残そうとするそうです。人間の男にも同様の部分があり、なるべく多くの女性とベッドを共にしたいという欲望は、大抵の男なら抱く願望です。人間も、動物の一種ですから。

 ただ、人間の内面には、動物的な本能と同時に、理性や道徳観も存在しています。動物のように本能の赴くままに行動すれば、悲惨な結果しか生まない事も、大抵の人が分かっているはずです。

 こういう意味では、大抵の男は二重人格者だと言えるかもしれません。社会的、法的制裁の事を考え、内側に欲望を抱きながらも、理性で自分をコントロールしている。自分はそんな事はないという男性がいたら、その人は偽善者か、生まれつき性欲の弱い体質の人でしょう。

 これは、性を巡る善悪の問題ですが、もちろん、その他の善悪の問題も存在します。寛容と怒り、許しと憎しみ、尊敬と嫉妬、愛と執着、等々です。

 ウィキペディアによると、最近の精神医学界では、人格統合を多重人格患者の治療目的にすべきではないという流れだそうです。無理に統合しようとすると、逆にバランスが崩れてしまう場合もあるからだそうです。なんとなく、分かる気はしますね。要は、患者が社会に適応して無理なく生きていけるようにすればいいわけですから、多重人格患者の諸人格を無理に統合する必要もないということでしょう。

 ただ、私のように、悟りを求めている修行者の場合は、違います。

 諸人格の奥に存在する真我を引き出すためには、まず自分の中にある諸々の人格を統合する必要があります。

 そのためには、孤独な環境の中で、自分自身の醜悪な部分から目を背けずに向き合い、対決し、自分自身の心の傷を癒し、悪を大きな善の中に取り込んでしまわねばなりません。悪い部分だからと言って、外科手術のように切って捨てるわけにはいかないのです。ユングの元型論で言うところのシャドウも、元々は自分の心の一部だからです。

 だが、これは、言うは易く、行うは難しの難行です。ややもすると、自分自身のダークサイドに取り込まれそうになります。悪に身を委ねた方が楽ですから。アメリカ映画の「スーパーマン」や「スパイダーマン」には、主人公が悪に染まってしまうシーンがありますが、あれと同じですね。

 悪の力は強大ですから、圧倒されそうになりますが、唯一の救いは、「悪に強きは、善にも強い」と言う言葉です。シャドウの持っている知恵や力を、理性を失わないまま、取り込むことができれば、[素朴な善]から螺旋状にレベルアップした[絶対善]を体現する事ができるようになります。そうなれるよう、修行に拍車をかけるつもりです。




※この記事のURL: http://koshiki.jugem.jp/?eid=1927

Who is this person?

JUGEMテーマ:思想・啓発・哲学


 仏陀が、現代の日本にタイムトラベルして来た。場所は、鎌倉の高徳院である。ブッダは、ガイドと一緒に境内を歩いていた時、誰かが、座禅瞑想している巨大な銅像を見つけた。

 仏陀は、時間旅行のガイドに尋ねた。

 「この人、誰?」

 ガイドは、答えた。

 「これは、あなたです。お客さん」

 仏陀は、呆れ果てて言った。

 「オレ?勘弁してよー。俺、こんなデブじゃないしー。(T_T)」

 「お客さん、嬉しくないんですか?みんな、あなたの事を崇拝してるんですよ。」

 「崇拝?誰が、そんな事してくれって頼んだよ?
  2,500年後には、こうなってるわけね?何をどう捻くったら、こうなるんだよ?」

 「みんな、あなたの事をこんな風に思って、毎日、あなたの像に向かって手を合わせ

    て、拝んでるんですよ。」

 「拝む?他人を拝んで、どうするんだよ。
  何だったの、オレの人生って?あんなに頑張って修行して、やっと悟って、みんな

  に一生懸命話したのに。みんな、何にも、分かってないじゃん。」

 「それを私に言われても、困るんですけど・・・・・・」

 「分かった。もういいよ。よく分かったから、早く、オレのいた時代に戻してくれ。
 もう、オレ、説教すんの止めよっかなあ。」

 「この時代のこの場所に、お連れしたのが、間違いだったんでしょうかね?
  でも、お客さんが、お戻りになりたいなら、そうしましょう。
  ホントは、京都とか、奈良にもお連れしたかったんですけど、 
  仕方ありませんね。」

 「行かないよ、そんなとこ。どうせ、ここと同じようなモンがあるだけだろ?
  聞かなくったって、分かるよ。」

 「さすが、覚者、察しが、いいですね。」

 「いいから、もう、戻ろうよ。」

 そう言って、仏陀は、元の時代に戻って行った。この時代に来たことを、随分と後悔している様子だった。



 イエス・キリストが、ブラジルのリオデジャネイロに時間旅行にやって来た。時間旅行のガイドは、イエスをコルコバードの丘に案内した。大抵の客は、この場所に来ると感動するもんだが、ガイドは、前回、仏陀の案内をした時のことを思い出し、少し不安になった。

 イエスは、丘の上にある巨大な男性像を見て言った。

 「この男の人は、誰?」

 「あなたです、お客さん。」

 「これ、オレ?ああ、なんてこった!あれほど、言ったのにー。」

 「何を仰ったんですか?」

 「偶像を作るなよ、偶像を拝むなよって。
  それが、選りにも選って、何でオレの像なわけ?
  第一、オレ、直毛じゃないし、髭だって、こんなに伸ばした事はないし・・・・・・」

 「みなさん、あなたを神の子として、崇め奉ってらっしゃるんですよ。」

 「『神の子』ねー。神の子って言うなら、みんな神の子なんだよ。」

 「いいえ、あなたは、普通の人とは、違います。
  普通の人には、あなたが行ったような奇跡を起こす事はできませんから。」

 「ああ、ミスったなあ。そんな風に捉えるわけね、人間って。
  オレは、ただ、みんなが物質にばっかり捉われて、目に見えない世界を信じてなか
  ったから、それを是正したくて、力を使っただけなのに。」

 「何度も言うようですけど、普通の人には、水をお酒に変えたり、水の上を歩いたり
  できませんから。」

 「あのね、ちゃんと修行したら、誰にでもできるわけ、あんなこと。
  それに、オレは、ちゃんと言ったよ。
  『ホントに神様の事が分かったら、俺より凄い事できるよ』ってね。」

 「ああ、なんか、そんな事が聖書に書いてありましたね。
  今、思い出しました。」

 「まあ、薄々気づいてたんだけどね。
  みんな、オレの事を『主よ、主よ』なんて気持ち悪い呼び方して、
  全然、オレの話聞いてなかったみたいだし」

 「そうだったんですか?」

 「ああ、そうだよ。俺、何回も言ったんだよ。
 『そんな気持ち悪い事言わなくていいからさ、俺の言ったことをちゃんと実行し
  ようよ。そしたらさ、あんたら幸せになれるから』ってね。 
  失敗したかなー?あんなパーフォーマンスやるんじゃなかったなあ。」

 「いや、でも、あなたの奇跡を見たから、みんな神の存在を信じるようになったわけ
  ですから。」

 「君に言っても、わからないだろうけど、奇跡なんてないの。
  あれはね、原理が分かれば、誰にでもできる事なの。
  手品と同じ、ちゃんと種があるんだよ。
  手品とは次元の違う種がね。
  『奇跡』って言うなら、生命そのものが、奇跡なんだよ。
  分かる?分かんないだろうなあ。」

 「お客さん、どうなさいますか?
  教会にもお連れしようと思ってたんですけど。」

 「ああ、もう、いいよ。どうせ、そこにも、オレみたいな像が飾ってあるんだろ?」

 「よく、お分かりですね。仏陀さんも、同じ事仰ってましたよ。」

 「あ、分かった。あの人もさ、時間旅行して来て、俺と同じ目にあったんだろう?」

 「ええ、まあ、そんなところです。」

 「いいよ。もう大体分かったから、元の世界に戻るよ。
  ああ、戻りたいような、戻りたくないような複雑な気分だ。
  先で、十字架に磔にされて、脇腹を槍で刺されるの分かってるしー。
  あそこまで痛い思いをして、その結果がこれだからなー。」

 「なんか、この時代のこの場所にお連れしたのは、間違いだったみたいですね。」

 「いいよ、いいよ。君のせいじゃないよ。
  それに、君のおかげで、色々分かった事もあるし。
  今度、この世に下りてくる教師は、もっとうまくやらなくちゃダメだってことだね。
  仏陀さんも、オレも、やりそこなったからね。
  それが、分かっただけでも、有益だったよ、この時間旅行は。
  じゃ、戻ろうか。」

 そう言いながらも、イエスは、どこか寂しそうな面持ちで、時間旅行のガイドと一緒に、自分が元いた時代に戻って行った。

 
※この記事のURL: http://koshiki.jugem.jp/?eid=1887




 

 

 

 

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