国際問題

JUGEMテーマ:日中関係

 ああ、今日も、不眠症で眠れません。仕方がないので、記事を書くことにしました。

 最近、中国の動きが活発ですね。ついこの間は、ヴェトナムと事を構えたみたいだし、一昨日は、日本の自衛隊機との異常接近がありました。

 あれ見てたら、「中国って、なんてヒドイ国だろう!」って思う方もいらっしゃるかもしれません。

 私も、正直申し上げて、中国政府のやってることは、好きじゃありません。

 でもですね、中国に5年間住んでいた私に言わせるとですね、あれは、中国政府に余裕が無くなって来てることの何よりの証拠なんですよ。 (あの国の政府が「中国政府」と呼べるほど、一枚岩かどうかも怪しくなってきましたが・・・・・・) 

 個人のレベルで考えれば、よく分かります。

 先週の金曜日に、かなり横着な態度のNHKの地域スタッフが、私の所に来て、実に失礼な言動をして帰って行ったんですね。

 私が、

 「私は、テレビを持っていないし、今後も持つつもりはないから、帰ってくれ。それに、
 君の態度は実に失礼だ。君の顔は、二度と見たくないから、もうここには来ないでくれ。」

と言うと、彼は、

 「あなたは、今テレビを持っていなくても、来月、購入するかもしれない。だから、来月も
 必ず、ここに来ます。」

と捨て台詞を吐いて帰って行きました。もちろん、私は、

 「忙しいだろうから、もう来なくていいよ。バイバイー(@^^)/~~~」

と追い返してやり、その翌日に、すぐNHKの福岡支局に抗議に行きました。彼の態度って、なんか脱税者に対する税務調査官みたいな感じだったんですね。

 NHKの受信料については、色々論議がなされているんでしょうけど、その事は、ちょっと脇に置いておいてですね、そのとき彼が何でそんな態度を取ったかを考えてみることも必要ですね。

 彼が私に使っていたアプローチの方法は、戸別訪問をする営業マンのそれでした。あたかも緊急の事態が発生したかの如くに、ドンドンとドアをノックし、チャイムを激しく鳴らし、こちらがドアの内側から誰何すると、ボソボソと聞き取れない声で答える。全て、ドアを開けさせるための営業マンが使う姑息なテクニックです。あんな古臭いテクニック、みんなとっくの昔に見抜いてるのに、まだ通じると思ってるんでしょうかね?バカなヤツです。

 この事から、彼は、間違いなく営業マン上がりだと分かります。それでも、最終的には、自分の身分を名乗ったので、ドアを開けました。

 そして、彼が、上記の横着で高圧的な物言いを私に対してしたわけです。

 これだけを見ると、彼が、ろくでもない人に見えるかもしれません。まあ、碌でもない人なんでしょうけど、彼が碌でもない人になった原因は、一つしかありません。「生活が苦しい。」この一言に尽きます。NHKの地域スタッフの給料は、歩合制だそうですから、たとえ人から嫌われようと、なりふり構わず、契約を取るしか生きて行く術はないんですね。40代の男性だったので、扶養家族もいるんでしょう。

 だからと言って、彼のしたことを許すつもりはありません。今週の火曜日に、彼は私のところに謝罪に来る事になってます。「盗人猛々しい行為は、断じて許しませんよ。」って事です。

 でも、読者の皆さんには、ここで考えて欲しいんですね。中国も同じなんだと言う事をですね。

 ああいう事をやっているって事は、何度も言うようですが、このNHKの地域スタッフと一緒と同様に、中国政府が、と言うか中国が、いよいよ余裕が無くなってきたって事なんですよ。

 信じられないのは、この期に及んで、まだ、中国に進出しようとしている日本企業が存在する事です。その企業のトップは、中国政府のハニートラップにでも引っかかったのかなと疑いたくなります。

 もし、これから、中国に進出しようと本気で考えていらっしゃる企業のトップの方が、この記事を読んでいらっしゃったら、私は、声を大にして言いたいですね。

 「危ないですよ。もうすぐ、中国は崩壊しますよ。」

ってですね。
 


※この記事のURL: http://koshiki.jugem.jp/?eid=1871



 

  

カルマの法則

JUGEMテーマ:人生論



 
 
 (2012年9月22日 現在)

 一段落ついた感のある尖閣列島問題ですが、今回の事で日中の関係はかなり冷え切ったと言っても過言ではないでしょう。

 それにしても、何故このタイミングで国有化なんかしちゃったんでしょうね、日本政府は?柳条湖事件の九一八記念日の直前にどうして?単にアジアの近現代史に無知だったからなのか、それとも故意にこのタイミングでやったのか?理解に苦しむ所です。

 私自身、中国政府に言いたい事は、ありますが、ネット上では既に言い尽くされた感があるので、ここでは敢えてその事には直接触れず、全く別の観点からこの問題を眺めてみたいと思います。

 
 話は、コロッと変わるようですが、私の後輩にM君という人がいました。彼は、F大の陸上部のキャプテンでした。

 ハンマー投げの選手でしたが、いろいろ研究してトラック競技の部員たちのために練習メニューも考える真面目な人でした。ある時、トラック競技の試合で、F大が大敗を喫してしまいます。すると、一人の一年生部員が、試合後に「ああ、トラック競技のトの字も知らんヤツが、練習メニューを考えてるから、負けて当然だ!」と部員全員の前で聞こえよがしに言い放ったそうです。

 M君は、急いで人のいない所へ行き、一人で大泣きしたそうです。もっとも、彼が男泣きに泣いていたのは、何人かの部員に見られてしまいましたが・・・・・・

 そのおよそ一年後の事です。一年前に、M君の悪口を言った部員は二年生になり、400メートルリレーのアンカーとして試合に出場します。結果は、最下位でした。試合後、リレーに出場した一人の一年生が、こう言い放ちます。「アンカーが、イカンやったからなー!そら、負けるわ。」部員全員の前で、一年坊主にこう言われた件の二年生は、怒り心頭に発し、「あいつは、絶対、クラし(殴っ)てやる。」と言ったそうです。

 それを聞いた、その時のキャプテンは、彼にこう言います。「よく思い出せよ。お前は、一年前、Mさんに何て言うたや?あん時、Mさんはお前に何も文句も言わなかったし、お前をクラす(殴る)事もなかった。それどころか、その後も黙々とキャプテンとしての責務を果たし、お前たちの世話を続けた。それでも、あいつを殴りたければ、殴れ!」

 そうキャプテンに指摘されて、己の犯した愚かな行為にやっと気がついた彼は、一瞬で顔色が変わり、「あいつクラす(殴る)の止めます。」と言ったそうです。


 もちろん、部員全員の前で「アンカーが、・・・・・・」云々と言った一年坊主のやった事は、決して許される事ではありません。とはいえ、それは、言われた当人自身が一年前自分たちのキャプテンに言った事が、そのまま自分自身に跳ね返って来ただけなのです。自分がやった事が、そのまま返って来たとは言え、カルマが返って来た時って、頭に来るもんなんですね。

 「他人(ひと)は、自分の鏡。」と言う言葉が正しいとすれば、「他国は、自国の鏡。」と言えるのかもしれません。こんな事を書くと、ネトウヨの人たちから、「この反日売国奴め!」と罵られるかもしれませんが・・・・・・



※この記事のURL: http://koshiki.jugem.jp/?eid=1049


日本人とは?

JUGEMテーマ:日中関係


 お久しぶりです。龍です。皆様、お元気でお過ごしでしたでしょうか?
 

 中国に来る前に、叔母のところに挨拶に行きました。その時、叔母が話してくれた話はがとても印象的だったので、今日は、その話を皆様方に紹介させて頂きたいと思います。
 

 実は、私の母と叔母は子供時代を北京で過ごしました。母方の祖父が北京で発電所の技師をしていたからです。
 

 ある日、私の祖母が家の外で掃除をしていると、家の前に一台の人力車が停まりました。人力車から降りてきたお客さんは、日本人でした。祖母が見ていると、その日本人は車代を払わずにそのまま立ち去ろうとしました。中国人の車夫が慌ててそのお客さんを追いかけ「お客さん、お金を払って下さい」と頼みました。するとその日本人は、烈火のごとく怒って、彼を徹底的な叩きのめして、そのまま立ち去ってしまいました。
 

 祖母は、慌てて家の中に戻り祖父に、今しがた家の前で起きたことを話しました。祖父は、家から飛び出してきてその車夫を助け起こし、家の中に運び入れて、傷の手当てをして、「同じ日本人として、その人のしたことを申し訳なく思います。車代は私たちがお支払いします。」と言って件の日本人の代わりに車代をその車夫に払いました。
 

 無賃乗車したばかりか、お金を払うよう懇願した中国人の車夫に暴力を振るったのも日本人なら、その車夫を家に担ぎこみ、傷の手当てをして代わりに謝罪し、車代を払ったのも同じ日本人です。皆様はこの話をお読みになって、どうお感じになりましたか?
  



※この記事のURL: http://koshiki.jugem.jp/?eid=141

安全を保障するということ


 (2008年10月 現在)
 アメリカが北朝鮮を「テロ支援国」のリストから外したらしい。それについて日本国内では失望の声が上がっているという。アメリカは日本を見捨てたのか?一概にそうとも言えない。今回はただ「テロ支援国」からのリストから外しただけで、アメリカが北朝鮮と国交と結んだのでもなければ、不可侵条約を結んだわけでもなく、ましてや軍事同盟を結んだわけでもない。にも関わらず、「日本は蚊帳の外」などと素っ頓狂なことを書く新聞まで出る始末で、開いた口が塞がらない。

 かと言って、アメリカが日本を重視しているかと言えば、そうでもない。ブッシュ大統領は、「アメリカは拉致問題を忘れない。」とは言ったが、解決するとは言っていない。むしろ拉致問題を解決するより、テロ支援国のリストから外したほうがアメリカの国益に叶うためであると推測される。その点については拉致被害者家族の横田滋氏も一定の理解を示しているようである。

 そもそも拉致問題の解決とは、何を意味するのか?拉致被害者家族の蓮池透氏によると、「被害者家族の会は、被害者全員が帰ってきたときに解散します。」とのことである。そりゃそうだろうと思う。しかし、いちおう解決した場合、そのあと日朝関係が改善に向かうことも考えにくい。ここまで北朝鮮への敵愾心を増幅させてきた日本社会に、北朝鮮を許す度量があるかと問われれば、それにも大きな疑問がある。

 更に今回のリストからの解除によって、当の北朝鮮は「歓迎」を表明しているが、首脳部にとってはかなり複雑な心境なのではないだろうか?テロ支援国から外れたからと言って、彼らにとってみれば、「だから何?」という感じで、別に彼らの身の安全や体制の維持が保障されたわけでもない。

 要するに今回の措置は、何の効果もなく、ただアメリカが「はい、今度からあんたらはテロリストの仲間じゃありませんよー」と発表しただけのことで、東アジアの政治力学には影響を及ぼさない。では
何故私はこのことをわざわざ文章として残そうとしたのだろう?そこには日本の安全保障への考え方に大きな疑問があったからである。

 かつてから私は現代史に関心を持ち、第二次大戦に関するものや、過去50年の東アジア史の本を読み漁ってきた。第二次大戦の頃と比べて、国際関係や政治力学のパラダイムが半世紀あまりの間に激変したことに驚愕を禁じ得ない。あの当時、誰が朝鮮半島の分断やソ連の崩壊を予言しただろうか?そして、アメリカが日本の安全を保障するなどと誰が想像しただろうか?

 歴史上、日本の安全保障を最も脅かしたのはアメリカだった。3年半に及ぶ戦争で、沖縄や硫黄島を占領し、日本の大都市をほとんど焼き払い、あげくの果てには核兵器を2つも落としていった。かつて仮想敵国であったロシアですら、そこまでしなかったというのに。

 そのアメリカに安全保障を委託するというのも、考えてみれば奇妙な話である。この60年間というもの、安全保障に関しては何でもアメリカあめりかだった。確かに日本の安全を保障する代わりに、基地を置くという選択肢がアメリカの国益に叶うことだっただろうと思う。しかし、アメリカに何もかも頼りっぱなしで、北朝鮮を罵って中国を嘲り、自分たちで問題を解決するという姿勢を忘れてしまっているのではないかと思う。

 最近、金正日国防委員長の体調不良が取りざたされている。サッカーを観戦しただのしてないだの、どうでもいいようなニュースまで流れる始末だが、とりあえず彼の余生もそう長くない。今から6年前の2002年9月17日、長い間否定してきた「拉致疑惑」をついに認め、謝罪した。「素直に謝罪すれば、問題も解決して、食糧難や経済危機にも力を貸してくれるかも。」という将軍様の甘い予想は見事に裏切られた。問題は解決するどころか、ますます肥大化し、ややこしく複雑になるばかりだった。日本へ託すはずだった安全保障は、ついに実現することはなかった。

 今回の措置は、日本にとっても北朝鮮にとってもアメリカにとっても、安全保障とは何なのかを考えさせる良い機会になったと思う。どうすれば国民の財産や生命を外敵から守れるのか?万が一のことが起こったときに、どうすればいいのか?政治家ばかりでなく、国民も考えるべき永遠の課題であると言えよう。             (仁の作品)



※この記事のURL: http://koshiki.jugem.jp/?eid=139

デモについて

JUGEMテーマ:国際情勢

 (2008年4月 現在)

 デモとは英語のdemonstrationの略で、日本では、何かに抗議するために団体で行動することを意味することが多い。本来の意味は「示威行動」で、何かを主張したりすることを言う。今日は思うことがいろいろあるので、デモについて述べたい。

 今日は長野市で聖火リレーが行われた。お金はかかるし、妨害されることも予想されたため、別にやらなくてもよかったと思うのだが、どうもそういうわけにはいかないらしい。ここでも二つの「デモ」が行われた。一つは、愛国を叫ぶ中国人青年たち、もう一つはチベットの人権問題を叫ぶ人たちであった。

 3年前の中国での反日デモを見て思ったのだが、彼らは反日を叫んでいるものの、本当に心から日本を批判したくてしているのだろうか?ペットボトルを投げつけたり、他国の国旗を平然と燃やしたりと、彼らこそが批判の対象になってもおかしくないような行動ばかりで、とても大人の批判の方法とは思えなかった。むしろ、日本がどうなろうと彼らにはどうでもよく、要は暴れることが出来ればいいのではないだろうかとも思う。今回の反仏デモも同様ではないか。

 話はそれる。日本の電源開発の株を巡って、日本政府と外資ファンドの戦いが熱くなっている。株を売りたくない日本政府、株を買いたい外資ファンド。結局、日本政府は株を売らないことを決定したのだが、外資ファンド側は「日本の市場は閉鎖的だ。」と非難し、揺さぶりをかけてきた。国内経済に悪影響を及ぼさないよう、政府が外資を規制するのは何処の国でも普通に行われており、外資ファンド側もそれを分かっているとは思うのだが、今回彼らは「日本の閉鎖性」を非難してきたのである。これも、私が思うに、デモの一種であり、揺さぶりをかけて日本政府の反応を試したものではないか?もちろん、彼らは頭の中では日本の市場は閉鎖的だとは思っていないだろう。

 話はまたそれる。メディアというものは真実を伝えることがその使命である、と私は勝手に思っている。しかし昨今のメディアを見ていると、彼らの主張を聞くばかりで、客観的で、より真実に近い内容のニュースなどまるで存在していないのが実情ではないだろうか?今日、中国政府がダライ・ラマと対話をする方向であるとのニュースがあったが、読売新聞などは、根拠もないのに「国際圧力かわす狙い」などと断定してしまう有様で、始末に終えない。要するに、メディアや報道もデモの一種で、我々視聴者はテレビや新聞で、彼らの主張を一方的に受け入れている状況なのではないだろうか?

 話を長野の聖火リレーに戻す。誰がどんな主張を持とうと自由だ。しかし、主張する自由があるからと言って、聖火リレーが行われる中で、ゴミを投げつけたり、道に飛び出してきて喚き立てるのは、ただの「言論テロリズム」である。そのへんは「国境なき記者団」にも肝に銘じてもらいたいものだ。                  (仁の作品)



※この記事のURL: http://koshiki.jugem.jp/?eid=120

そんな時代もあったねと

JUGEMテーマ:韓国
 (2008年2月26日 現在)

 昨日2月25日にイ・ミョンバク大統領就任のニュースを聞いて、「あれからもうそんなに時間が経ったのか」とつくづく感じる。今からちょうど5年前の2003年2月25日、私は初めて韓国に入国した。中国長春で一年間の語学留学を終え、帰国の途につく中で、ふらりとソウルに立ち寄ったわけである。その日はちょうどノ・ムヒョンが大統領に就任する日で、その午前中には北朝鮮が日本海に向けてミサイルをぶっ放すなど、緊張から始まる一日だった。友人とソウル市内の食堂で、牛の血を固めたスープ・ヘジャンククを食べながら、テレビでその就任式の様子を見ていた。
 

 思えばこの5年間の日韓関係は揺れに揺れまくった気がする。ノ・ムヒョンの大統領選挙当選のニュースは、長春で知った。ノ・ムヒョン大統領は、「私はこの場で何かを述べるよりも、皆さんと握手がしたいです。」と目を輝かせながら言っていた。彼は就任当初、「日本とは未来志向で付き合う」と発言し、初の日本訪問時にはTBSに出演して日本国民と対話するなど、オープンな姿勢で臨んでいたのを思い出す。しかし就任から一年後には国会で罷免され、地元の左派系の新聞には「韓国の政治は死んだ」と書かれる始末。更にその一年後、島根県が「竹島の日」を制定すると、直後に突如として態度を硬化させ、「日本に植民地支配の賠償を求める」と発言、日本メディアも韓国叩きに走った。
 
 しかし日本国内は韓流の真っ只中で、中高年女性によるヨン様賛美を行う集会は、さながらどこかの共産主義国家の人民決起大会における指導者礼賛を思い起こさせた。その一方で「嫌韓流」なる便所の落書きのような本が売れに売れたことも、今更ながら思い出す。これらの一連の出来事は、日韓両国が切っても切れない関係にあることを思い起こさせた。
 
 この5年間で、韓国の国内状況は良くなったのかと言えば、そうでもない。若年層の失業率は10%前後に達し、消費者物価や不動産価格は上がりまくっている。地下鉄の値段がわずか数年で1.8倍も跳ね上がったのには、さすがに私も驚いた。さらにウォン高が進行し、「高技術の日本、低賃金の中国」に挟まれたサンドイッチ型の経済は今もあまり変わっていない。またキョンサン道VSチョルラ道という地域感情の問題もある。
 日本のメディアはあたかも解消の方向へと向かっているという趣旨の報道を行っていたが、今回の大統領選挙の結果を見ると、一概にそうとも言えない。イ・ミョンバクと争ったチョン・ドンヨンの地元全羅(チョルラ)道では、チョン候補が得票率80%を超えていたのに対し、慶尚(キョンサン)道出身のイ候補は10%程度であった。慶尚(キョンサン)道ではそれと全く逆で、イ候補は70%もの得票率だった。
 と、ここまでいろいろ書いてきたが、イ・ミョンバクの時代は一体どうなるのだろうか?ノ・ムヒョンとの違いは、理念や思想の違いもさることながら、実はあの目つきにあるのではないだろうか?ノ・ムヒョンはどこか純粋で、子供のような目をしている。しかしイ・ミョンバクの目は左右で異なり、どこか冷酷で、かつてのパク大統領を彷彿とさせるキャラクターである。日本生まれで、家庭は貧しかったが、若くして大企業の社長、会長へと登りつめ、ソウル市長をも経験した。さすがにクーデターは起こしていないが、やっても違和感はない風貌だ。
 
 期待もあまりしないが、希望は捨てずに見つめていこうと思う。  (仁の作品)
※この記事のURL: http://koshiki.jugem.jp/?eid=102

宝の山



 こないだニュース23で北朝鮮の地下資源のことが特集されていた。
 この番組にしては珍しくマトモな報道だったので、興味深く見ていた。
 それによると、北朝鮮は中国にも劣らない資源大国であるという。
 実際そうなのだ。

 実はこのことは、日本が朝鮮を植民地としていた時代から分かっていたことだった。
 たとえば、韓国貿易協会などの資料によれば、韓国で金が112トン埋蔵されているのに対して、北朝鮮では1000トンが埋蔵されているという。
 その開きは約10倍である。
 また鉄に至っては、韓国で1.2万トン強なのに対し、北朝鮮では30万トンと、25倍の開きがある。
 また北朝鮮の土地は痩せていて、農業には不適である。
 朝鮮総督府はこのことを見込んでか、朝鮮北部において重化学工業を発展させ、朝鮮南部を食料基地として農業の開発に特化させた。
 こうした南北の経済的な補完関係が、分断によって狂っていった。
 独立後、北朝鮮が韓国に対して経済的に優位な立場にあったのも、重化学工場のおかげだとも考えられる。
 これらの埋蔵量はあくまで推定によるものだと思うが、とにかく北朝鮮は巨大な潜在力を持っている国だと言える。

 ただ問題は、このニュースでも言っていたように、インフラの未整備にあるようだ。
 せっかく資源があっても、それを掘ったり運んだりする手段がなければ、単なる宝の持ち腐れである。
 また、この資源を誰かが管理しなければ、大国同士の資源争奪戦の舞台ともなりかねず、シエラレオネのような惨劇の二の舞になる恐れもある。

 しかも、このことは前から分かっていたことなのにも関わらず、なぜ今になって急浮上してきたのだろうか?
 2000年になってからというもの、EU諸国が相次いで北朝鮮と国交を樹立した。
 建前上は「核開発を進める北朝鮮を、孤立の道から引き出し、国際社会の交渉のテーブルにつかせる」というものだったようだが、EUの安全保障にとって東の果てにある北朝鮮がそれほど重要な国なのかどうか疑わしい。
 だとすれば彼らの本音は「北朝鮮の地下資源」なのではないだろうか?
 
 最近はミャンマーが北朝鮮との国交を回復させた。
 ミャンマーは、北朝鮮工作員による1983年のアウンサン廟のテロ事件以降、北朝鮮とは国交断絶状態にあったが、今回の国交回復は、「孤立した国同士の結びつき」という側面とセットで、「地下資源の開発」と含めた経済協力という意味もあったに違いない。
 2002年、小泉首相が訪朝したときも、拉致問題の解決と引き換えに国交樹立を提案したというが、実はその目的は「地下資源」だったのではないだろうか?
 その後、日本の世論は一気に拉致問題一色に傾き、「国交正常化」は何処吹く風、という状態になってしまった。
 長年にわたって敵対関係にあった韓国までもが北朝鮮に接近し始めている中、日本は拉致問題を理由に、北朝鮮になかなか近づけない状態が続いている。

 後半はかなり憶測でしゃべってしまったが、とにかく国際社会では「経済」を本音として、建前としての「外交」が行われていることが多い。
 北朝鮮という「宝の山」を巡って、国際ウラ社会では今日もどこかで秘密裏の交渉が行われていることだろう。

 (仁の作品)


※この記事のURL: http://koshiki.jugem.jp/?eid=63

北の大地から



仁です。久々の書き込みです。
私は龍さん翔さんとは少々違うことを書きます。

一昨日の夜ニュースを見ていたら、北朝鮮のケソン工業団地に関する報道を行っていた。
タイトルは「ケソン工業団地 核開発の陰で何が」。

ケソン工業団地というのは、軍事境界線のすぐ北側にあるケソンという都市にある韓国資本の工業団地である。
取材されていたのはアパレル工場。
労働者はみな北の人間である。
そのうちの一人がインタビューに答えていた。
「同じ民族の人と仕事ができて嬉しいです。」
韓国人資本家もインタビューに答えていた。
「中国製よりも質がいい。レベルは南(韓国)の90%のところまできている。」
しかし韓国側から北の労働者に払われる賃金は低い。
一括して北朝鮮政府のところに預けられるためであるという。
これが事実ならば、まさに「搾取」と呼ぶべき現象であると言えよう。

レポーターはこの工業団地に関連して、「周辺諸国が協力して北朝鮮の核開発を阻止しなければいけないのに一方的に南北の経済協力だけが進んでいる」という類の報道を行っていた。
いわば、「韓国の支援による北朝鮮経済の回復(?)と、それを梃子にした核開発」への警戒感を滲ませた報道であったといえる。

こういうことを書くと、「おまえは朝鮮人か!」という声が聞こえてきそうだが、私は日本人である。
というよりも、なに人であろうと大きなお世話だ。
北朝鮮関連のニュースを何でもかんでも核開発に結びつけないと気がすまないのか、
飽き飽きしてくるタイトルである。
拉致や核開発は確かに問題だが、日本のマスコミの報道の仕方にも問題が多く、とにかく目に余る。
2002年9月以来、北朝鮮に関するニュースは何でも悪い方に報道しないといけない、というようなマスコミ間の調停でも出来たのか。
それまで北朝鮮に対する批判は暗黙のご法度となっていたため、それによる反動がここ五年間のマスコミの「北朝鮮悪玉論」に拍車をかけているといえよう。
いずれにしても、極端というものは恐ろしい。

さて、ケソン工業団地は何年も前から韓国のメディアが取り上げていた。
いわば堂々とやっているので、別に「核開発の陰」でも何でもない。
日本のテレビもようやく取材が許されたのか?
それともただ遅れただけなのか?
それにしても「いまさらかよ」という感は否めなかった。

「中国製よりも質がいい」とのことだが、これには別の証言がある。
重村智光(2006)『朝鮮半島「核」外交』講談社文庫発行、213ページには次のように書かれている。
「確かに賃金は安いが、生産性がかなり低いという。1日100個の製品を生産しないといけないのに、20個しかできないのが現状という。
(中略)この工業団地には北朝鮮の経営者や企業との合弁会社はほとんどない。だから、北朝鮮のビジネスマンや労働者が、企業経営や市場経済を学ぶ機能をほとんど果たしていない。単に、賃金などの外貨を入手する場所でしかない。」

伝聞による記述が多いために信憑性が若干揺らぐが、その韓国人資本家の言葉にも信憑性が欠けるのは事実である。
生産性が低いとすれば、その製品は安くても売れない可能性が出てくる。
ここに進出している韓国企業はいずれは撤退をすることも十分にありうる。
単なる北朝鮮政府の外貨目的であっては、韓国企業には利点がない。
北朝鮮政府は、生産性の引き上げ、または次なる外貨獲得の方法の確保、のいずれかの選択を迫られるに違いない。
この工業団地が今後の北朝鮮経済を左右する場所になるかどうかは、まだ時間をかけてみないと分からないだろう。

「取れるものは取る、という北のしたたかさが見え隠れする」
とリポーターは締めくくった。

これは北のしたたかさというよりも、南北双方の利害関係が一致した結果ではないのだろうか?
ただ単に「国益」を追求しているに過ぎない。
国家が国益を求めるのは当たり前である。
北朝鮮に外貨を持っていかれたくなかったら、日本としてどういう対応措置が取れるのかを提示するべきではないのだろうか?
さらに姜尚中教授の言葉を借りて言わせてもらえば、これを「北のしたたかさ」というならば、
朝鮮戦争による300万人の犠牲を踏み台にして、特需景気に湧いていたのは一体どこの国なのだろうか、という疑問も出てくる。 (仁の作品)



※この記事のURL: http://koshiki.jugem.jp/?eid=13

竹島問題

 JUGEMテーマ:韓国


 これは、私が小学5年の時の話であります。在日韓国人の同級生が「クワガタがよく取れるところを見つけた。」と言うので、彼に案内してもらって二人でそこへ行くことにしました。現場に着いてみると、そこはちょっと変わった地形の場所でした。ちょっとした山林の端に小さな小道があり、その小道を挟んでクヌギの木や様々な灌木がその小山に沿って茂っているのです。

 クワガタがいるのは、そのクヌギ並木の一番端だ、と彼が言うので、自転車を降りてすぐどちらからともなく、そのクヌギ並木の一番端に向かって走り始めました。自慢じゃありませんが、少年のころは足には自信のあった私であります。当然彼より早く目標の場所に到達し、木の下にへばりついてるオスのクワガタ君を見つけました。でも、焦ってたんでしょうね。そこに着いた途端に前のめりに倒れてしまいました。

 しかし、執念でサッと顔を上げてそのクワガタ君をワッシと摑みました。すると、私のすぐ後ろからやって来た在日の彼が、「そのクワガタは僕が先に見つけたけん、僕のもんよ。」と言って譲りません。私も負けずに「あんたは俺の後ろから走って来たっちゃけん、あんたが俺より先に見つける訳なかろうもん。」と言い返してやりました。(スイマセン九州弁で(>_<)。)でも、彼が正しかったのかも知れません。彼は斜め後ろから、私より先に見つけていたのかも、そして前のめりに倒れた私を後ろから来た彼が見ると、倒れて顔を上げた所にいたクワガタを私が偶然見つけたように見えたのかもしれません。

 今考えても、どちらが先に見つけたのか断定できません。もしかしたら、同時だったのかも知れません。神のみぞ知ると言ったところでしょうか。

 大人になってこの出来事を思い出し、考えたことは、世の中にはハッキリ白黒つけられない状況も存在するという事と、人間どうでもいい事で目くじら立てていがみ合うものだという事であります。

 このエピソードの場合、日韓両国の少年が小さな虫一匹をめぐって激しく口喧嘩をしたということであります。しかし、この二人の少年にとってこのクワガタは決してどうでもいい存在ではなく、その所有権を絶対他人に渡したくない存在だったのです。まあ、大人から見ればどうでもいいんですけどね・・・。(^_^)



※この記事のURL: http://koshiki.jugem.jp/?eid=12

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