色・戒

JUGEMテーマ:精神世界をめぐって

 

 禅坊主が二人、旅をしていた。一人は、和尚で、もう一人は、その弟子だった。ある時、二人は、川辺で向こう岸に渡れず困っていた美しい娘を見る。

 

 和尚は、迷わず、

 

 「私が、あなたを向こう岸まで運んであげましょう。」

 

と言って、彼女を抱き上げ、向こう岸まで運んでやった。娘は、二人に丁寧に礼を言って去って行った。

 

 それから、二人は、また旅を続けた。弟子は、考え事をしているような顔で、暫く何も言わなかったが、やがて意を決したように、師匠に話しかけた。

 

 「お師匠様、私たち禅坊主は、女色を避けて修行するべきじゃないですか?

  先程のお師匠様の行為は、教えに反するのではないですか?」

 

 すると、和尚は、妙な顔をして笑いながら、こう答えた。

 

 「おや、お前は、まだあの娘の事を考えておったのか?

  わしは、もうとっくの昔に忘れておったぞ。」

 

 

 禅宗に伝わる有名な話ですね。中国に行ったばかりのころ、長春の桂林路というところに、まだ大学を出たての女性の同僚(中国人)と二人で買い物に行きました。買い物を済ませ、昼食を摂るために、マクドナルドに入りました。

 

 中に入ると、空席がありません。同僚は、目の前の席二つに荷物が置いてあるのを見て、横に座っていた小学生のような女の子二人に、中国語で「席を開けてくれない?」と頼みました。二人は、快く荷物をどかしてくれました。

 

 私たちは、食事しながら、日本語で仕事の話をしていました。すると、隣に座っていた女の子たちが、英語で私に話しかけてきました。多分、外国人が珍しかったんでしょう。

 

 聞いてみると、驚いたことに彼女たちは、大学一年生でした。彼女たちは、私の携帯の番号とアドレスを私に聞いてから、

 

 「一緒に写真に写って下さい。」

 

と言ってきました。別に断る理由もないので、承諾すると、彼女たちは、私の腕に抱き着いたり、私の肩に頭をもたせ掛けたりして、楽しそうに写真を撮っていました。何か、子犬たちにじゃれつかれているような暖かい気持ちになったひと時でした。

 

 それから、彼女たちに別れを告げて、バスに乗って大学に戻るために、同僚と二人でバス停に向かいました。同僚は、マックを出てから、何か考え込んでるような顔をして、何も話しません。変だなと思っていると、突然、

 

 「鷹野先生、あの子たちに変なことしないで下さい。」

 

と言いました。彼女は、女子大生たちが私の腕に抱き着いている間中、あらぬことを考えていたようです。私は、彼女に

 

 「ハア?まーだ、あの子たちの事を考えてたの?

  おらあ、とっくの昔に忘れとったよ。」

 

と言って、上記の寓話を彼女に話して聞かせました。それから、彼女は、あらぬ妄想をする度に、

 

 「私は、二番目のお坊さんです。」

 

と言うようになりました。上記の寓話は、誰かが自分の頭の中で勝手に創り上げたものではなく、事実に基づいた話だったんでしょう。人間の本質は、時代が変わっても、何も変わらないってことですね。

 

 

 

 

 


二匹の狐

 JUGEMテーマ:人生論


 密林でトラに追いかけられていた二匹の狐が、崖から大きな川に飛び込みました。

 一匹の狐は、「これで、もう大丈夫だ。後は、流れに身を任せて海に出て、海に出たら、浜に向かって泳いで行けば、陸地に着ける。」と安心していました。

 もう一匹の狐は、「えらい事になってしもうた。このまま流されて行ったら、岩にぶつかるか、滝に落ちて一巻の終わりだ。」と心配で心配で気が狂いそうになっていました。

 心配性の方の狐は、必死で右側の岸に向かって泳ぎ始めました。しかし、流れの力は大き過ぎて、中々岸に辿り着けません。

 落ち着いている方の狐は、

 「おい、何してんだ?体力消耗するだけだから、リラックスして流れに身を任せろ
 よ。」

と心配性の狐に向かって何度も言いました。

 心配性の狐は、

 「このまま、流れて行って、岩にぶつかったら、どうするよ?滝があるかもしれん
 し・・・・・・。」

と言い返して、必死で沖に向かって泳いでいます。

 「岩なんか無いと思うよ。あったとしても、こんなに広い川だから、ちょっと体を動
 かせば、避けられるよ。前に山の上からこの川を見た事があるけど、ゆったり流れ
 てる川だから、滝もないと思うね。」

 そう言われても、安心できない狐は、まだ必死で岸に向かって泳いでいました。

 落ち着いている狐は、言いました。

 「おい、いい加減にしとけよ。疲れるだけだし、支流の狭い川に流されるぜ。そっち
 は、川幅が狭いから、岩をよけるのは大変だぜ。」

 それでも、心配性の狐は、右側にある岸に向かって泳ぎ続けていました。すると、次の瞬間、心配性の狐は、岩だらけの狭い川へと流されて行きました。心配性の狐は、

 「助けてくれー!」

と叫びましたが、落ち着いている狐にはどうする事もできませんでした。




※この記事のURL: http://koshiki.jugem.jp/?eid=1642

 

遠回りの帰り道

JUGEMテーマ:人生論

  小学生のころ、弟と近所のチビたちを連れて、山に登ったことがあります。

 バスで、Aという麓の村まで行き、その後は、徒歩で中腹にある展望台まで脚を伸ばしました。

 ひとしきり、展望台近くの川で遊んだ後、山を降りることにしました。

 そのとき、私は川に沿って降りて行けば、A村に下りていけると思い込んでいました。山に登ったときは沢沿いに下りて行くべからずという鉄則を知らなかったからです。

 川に沿った道を下り始めてから暫くして、弟たちが、

 「お兄ちゃん、こっちは違う道じゃない?展望台が変な方向に見えるよ。」

と言い始めます。わたしは、A村にも山からの川が流れているので、川沿いに行けば、きっとA村に戻れるはずだと思っていました。私は、

 「大丈夫、こっちに下りて行けば、いつもの道に出るよ。」

と言いながら、弟たちを先導して川沿いの道を下り続けました。今思い出したら、弟たちが「道が違う。」と言い出したときから、弟たちの言っている事が正しくて、私の考えが間違っているという心の声が聞こえていたんですが、その時は自分が正しいと思い込んでいたので、その声を無視していたように思います。

 川沿いの道を下りている間中、弟たちは、

 「やっぱり、道が違うよ。早く戻ろう。」

と言い続けていましたが、私は自分の主張を曲げずに、弟たちを導いてズンズン川沿いの道を下りて行きました。

 結局、そのまま麓まで下りてしまいました。麓に着くと、何だか自分の知っているA村の景色とは少し違う場所に出てきました。同じ山の麓の景色ですから、どこかしら似ているところがあるので、弟たちから、

 「ほらー、やっぱり道が違うやん。」

と言われても、まだ、私は、自分の主張を曲げませんでした。

 「いやいや、そのうち、A村のバス停に着くよ。」

と言いながら、山の麓を下りて、平地に着きました。でも、やっぱり、A村のバス停留所は、どこにもありません。さすがに、その時は、自分が判断を誤ったのだと認めざるを得ませんでした。

 そのときの私は、弟たちのリーダー役だったわけで、リーダーとして自分の率いている集団を誤った方向に導いてしまうというミスを犯してしまったのです。集団の構成員たちが、ずっと私の導きが間違っていると主張していたにも拘らずです。

 仕方がないので、地元の人に、

 「A村に戻りたいんですけど、どう行けばいいですか?」

と尋ねました。その人は、

 「A村?ここは、K村だよ。A村まで、行くには、バスを二回乗り継がなくちゃいけない 
 よ。」

と言って、私たちを見ました。そのとき、弟は小学校の一年生で、私は六年生でした。近所のチビたちは、確か3年生くらいだったと思います。私たちが、不安そうな顔をしているのを見て、その人は、

 「僕たち、どうしてこんなところに来たんだい?」

と尋ねてくれました。私がありのままを説明すると、その人は、

 「何で、そんなバカな事したの?山で知らない道を、それも沢沿いに下りて来るなん
 て!」

と呆れたような顔で言いました。その人は、親切にも私たちを、近くのバス停まで案内して、私たちがちゃんと帰れるように、私たちが乗るべき路線のバスが来るまで、一緒にいてくれました。

 あまり持ち合わせのなかった私は、情けない事に、小学校一年生の弟にお金を借りなければいけませんでした。弟は、バスの中で、「何で、僕が兄ちゃんの分まで、バス賃を出さないかんね?こんなに遠回りして、帰らないかんごとなったとは、兄ちゃんのせいやろうもん。」と言って、ずっとブスくれていました。

 弟たちには、文句を言われ続ける。長時間、バスに揺られて帰らざるを得ない羽目に陥る。家に帰ってから弟にお金を返したせいで、母にもらった小遣い銭は、殆ど無くなってしまうはで、人生最悪の一日でした。(T_T)

 直感の囁きを無視すると、碌な事になりません。特に、その声が、周囲の人たちの声と一致している時は、・・・・・・




 

 

未知なる生物

JUGEMテーマ:思想・啓発・哲学



 天気のいい日にあなたは、ボートで海に出ます。海は凪いでいて、とても心地よく、平穏で幸せな気分です。
 

 ふと、あなたは何かが変だと気付きます。海面に目を向けると、ボートの下を見た事もないような巨大生物が、その胴体をくねらせながら泳いでいくのが目に入ってきます。

 それまで経験したことのない恐怖が、あなたの体の、そして、あなたの心の奥底から湧き上がってきます。

 たとえ、その生き物に害意がないと分かっていても・・・・・・



※この記事のURL: http://koshiki.jugem.jp/?eid=915

  


現代の寓話  ― 大博打

JUGEMテーマ:人生論


  人生には、一か八かの大博打を打つしかないときもあります。
 
 あなたが、ジャングルを歩いている時、トラに遭遇したとします。走って逃げ始めたら、崖っぷちに行き着きます。下は千尋の谷です。向こうには、別の崖があります。向こうの崖まで、距離にして2m半ほど。普段なら、難なく跳び越せる距離です。しかし、落ちたら命がありません。
 
 しかも後ろからは、トラが迫ってきます。
 
 こんな時、人間はつい余計な事を考えてしまうようです。

 もし、「ジャンプに失敗したら、谷の底に落ちて死んでしまう。」と言ったような余計な事を考えてしまったら、どうなるでしょうか?ジャンプそれ自体が中途半端になってしまい、ホントに落ちて死んでしまうか、或いは、崖っぷちで足が竦んで動けなくなり、トラに食い殺されてしまうかです。

 そうなりたくなければ、向こう側の地面にだけ集中して、急いで跳ぶ事です。ゆっくり考えている余裕は、ありません。
 
 動物には、テリトリー=縄張りがありますから、トラは谷を飛び越えてまで追いかけては来ないでしょう。よしんば、追いかけて来る事があったとしても、少なくとも逃げ続ける事はできるわけです。



※この記事のURL: http://koshiki.jugem.jp/?eid=769
 
 
 

神様、腹減った!

  キリスト教を信じていたばっかりに、戦時中、思想犯として刑務所に投獄されていた牧師さんの話を聞いたことがあります。彼は、ずっと食べ物も与えられず、独房に入れられてました。信仰は揺るぎませんでしたが、空腹だけは耐え切れませんでした。
 
 ある日、独房でどうしても我慢できなくなって、彼は大声で叫びました。「神様、腹減った!」すると、独房の窓の鉄格子の間から、トマトが飛び込んできました。彼は、トマトをくれた神様は、どんな人だろうと思い鉄格子の間から、外を覗きました。すると、顔に傷のある怖いお兄さんが笑いながら、彼に手を振りました。(^_^メ)/~~~
 
 その牧師さんは、「あの人が、俺の神様かあ・・・」と思ったそうです。どこから、助けが来るかわからないといういいお話ですね。

 私達も、もし、にっちもさっちも行かない状態になったら、思い切ってこの牧師さんのように叫んだらいいかもしれませんね。

 「神様、腹減った!」

 「神様、お金欲しい!」

 「神様、仕事くれ!」
 
 「神様、彼女欲しい!」

 なんでもいいですね。大声で叫べば、天国にいらっしゃる神様にもその声が届いて、願いを叶えて下さるかもしれません。死ぬほどお腹の空いていた牧師さんにトマトを下さったように・・・・・・

 でも、これは、上記の牧師さんのように、常住坐臥、徹底的な信仰生活を送ってこそ、叶えられる事でしょうね。普段、自堕落な生活を送りながら、困った時だけ、神に縋っても、助けてはもらえないでしょう。



※この記事のuRL: http://koshiki.jugem.jp/?eid=440

A pot of frog soup

JUGEMテーマ:人生論


JUGEMテーマ:小話


 お久しぶりです。皆様お元気ですか?私、冬休みに一連の大作を一気に書き上げてから、些か燃え尽きてしまった感じです。ウーン、ウーンと唸ってもアイディアが浮かびません。で、今日は軽い話題でブログを更新することに致しました。但し、ゲテモノ食いの話題が苦手な方は、ここでこのブログを閉じられて下さい。ご気分が悪くなられても、いけませんので・・・。(^_^)
 

 さっそくですが、私、一生に3度ほど、ケロタン(蛙)を食べたことがあります。一度目は、少年時代に田んぼで捕獲した殿様蛙を、2度目は3年ほど前に日本で中国人の友人からもらった蛙を、3度目は中国に来てから四川料理を食べた時に食卓に載ったよく蒸された蛙を・・・。どれもとても美味でしたが、3番目の奴は絶品でした。これは、あくまで私の主観ですが、蛙は鶏と魚の中間のような味がします。勇気のある方は、是非お試し下さい。
 

 あ、蛙と言えば、ちょっと面白い話を思い出しました。
 これは、私が学生のころにアルバイト先で聞いた話です。終戦後、日本では食料がなかったのでよく蛙を食べたそうです。どうやって料理するかと言いますと、まず大きな鍋に水を入れてぬるま湯になるまで鍋を温めます。水がぬるま湯になったところで生きた蛙(主に殿様蛙)を鍋に放り込ます。ぬるま湯に放り込まれた蛙は、プカ−、プカ−と気持ちよさそうに平泳ぎを鍋の中で始めます。
 

 蛙を放り込んだら、少しずつお鍋の火を強くしていきます。やがて蛙が我慢できなくなるくらいお湯が熱して来た時には、蛙の脳は高熱のせいで麻痺してしまい、蛙が鍋から飛び出したいと思っても体が動かなくなるそうです。

 蛙が動けなくなり始めてから、お鍋に味噌や野菜をいれて暫く煮込むと美味しい「蛙汁」が出来上がります。
 

 うーん、なんか身につまされちゃいますね。英語に“get into hot water”(「厄介なことになる」の意)と言う表現がありますけど、まさに言い得て妙な表現だと言えるでしょう。

 危険が迫っているのを察知できずに、のほほんとしていると酷い目に遭いますよ、という日本版のイソップ物語のようなお話です。あ、軽い話題を書くつもりだったのに、少し重くなってしまいました。

 また、お会いしましょう。



※この記事のURL: http://koshiki.jugem.jp/?eid=104

博多人形

JUGEMテーマ:人形


JUGEMテーマ:エッセー・紀行文


JUGEMテーマ:格闘技全般


JUGEMテーマ:教育


 お元気でお過ごしですか?翔君によると我々のブログは、月500くらいアクセス数を稼いでいるとの事です。インターネットのお陰で、以前なら本を出版しない限り世間に発表できなかった我々の愚見をこうして皆様方に読んで頂けるわけで、本当に有難いことです。ただ殆どコメントを頂けないのは、ちょっと残念ですが・・・。
 

 ところで皆さん、博多人形をご覧になったことはありますか?博多人形というと多くの方々は、和服姿の綺麗な女性を思い浮かべられると思いますが、最近はじつに様々な人形が製作されています。ご興味をお持ちの方はインターネットで検索なさってみて下さい。
 

 私が何故今日博多人形の話を持ち出したかと言うと、もう20年ほど前のことになりましょうか、博多人形の卸商の方とお会いした事を、最近ふと思い出したからであります。

 その時、彼がしてくれた話はとても印象的でした。全く畑違いだったにもかかわらず、武道の世界に生きるものとして、彼の話に深く肯く部分があったからです。
 

 特に心に残っているのは、次の二つの話であります。
 

 最初のお話。博多人形師の中には、全然大した事はないにも拘らず、しょっちゅう個展を催し破格の値段で自分の作品を販売している者が少なくないそうです。例えば人形一体につき70万とか100万という目の飛び出るような値段でです。それを買っていく人がいるんですから世の中わからないものです。

 その一方で、「あなたの作品はとてもレベルが高いからもっと高い値段をつけて売りなさい」といくら口を酸っぱくして忠告しても「こんな不完全な作品にそんな高い値段はつけられませんよ」と言って、決して自分自身に妥協しない職人気質の人形師さんもいらっしゃるとのことです。「安物買いの銭失い」という言葉がありますが、この言葉が当て嵌まらない場合もあるということをこの話から学びました。
 

 曰く、「悪貨は良貨を駆逐する」。いずこも同じ空の下であります。これ以上言うと人の悪口を言ってしまいそうなので、これくらいにしておきます。博多人形の話をしながら、本当は私が何を言いたいのか、懸命な読者の皆様方は、とっくにお見通しの事と存じます。ハッキリ言いにくい小生の心情であります。お察し下さい。
 

 次のお話。これは、師弟関係についてであります。一人の若者が博多人形師を志して、一人の師匠に弟子入りします。師の厳しい指導のもと、長年の研鑚の甲斐あって、ある日師の許しを得て独立することになります。師から独立しても暫くは、師の芸風そっくりの作品しか生み出せません。
 

 しかし、独立して1年か2年ほどすると、ある日突然、師の作風とは全く違う作品を制作するそうです。不思議な事に、それ以降は、その人独自の作品ばかりを制作するようになり、師匠の影響は殆ど見られなくなるとのことでした。それまではあくまで師の作品の二番煎じでしかなかったものが、突然別の作品に生まれ変わるわけです。
 

 師弟関係というのは、ある意味窮屈なものです。入門のレベルから超上級のレベルまで師匠の技術を受け継ぐ事は容易なことではありません。長い年月、師の厳しい教育を受けなければなりません。そういう厳しい状況にありながらも、弟子は疑問があればいつでも師に質問する事が出来ます。教わるべき時期のこともあるので全ての質問にすぐ答えてもらえる訳ではありませんが、大抵の場合は教えてもらえます。

 しかしながら、師から吸収すべき技術を全て吸収して独立した後は、疑問が沸いて来ても誰にも聞くことができません。そのレベルまで来れば、技術を超えた問題になってくるので、自分で悟るしかないからです。試行錯誤を繰り返しながら、自分の周囲を、そして自分自身の心を透徹した目で見つめなければなりません。そういう孤独な作業を通してのみ己自身の世界を確立できるのです。いつまでも師に頼り、師の背中を追っているようでは一人前にはなれません。

「行く水に 数書くよりも はかなきは 師匠任せに 打ち下ろす太刀」。
 

 このことは、翔君が初心者のころから、口を酸っぱくして、彼に言い聞かせてきたことでもあります。「決して私のコピー人間になってはいけない」と何度も彼に言い聞かせました。最近の翔君のブログを拝読させて頂く度に、私の教育方針は間違ってなかったことを確認させて頂いております。彼は、私から吸収した材料を使って、間違いなく自分独自の世界を構築しています。このオリジナリティー=独自性については、また別の機会に発表させて頂きたいと思います。また、お会いしましょう。(^o^)丿



※この記事のURL: http://koshiki.jugem.jp/?eid=92

禍福は糾える縄の如し

 JUGEMテーマ:人生論


 これは、私が大学生だったころの話です。夜11時半過ぎに、バイトが終わって、私は帰宅するためにバス停に急ぎました。バスの最終が、当時は11時40分くらいだったのです。何とか、11時35分位にバス停に着き最終バスが来るのを待っていました。結構ハードなバイトだったので、これでやっと家に帰って風呂に入れる、と思いながらホッとしていました。そして42分頃にバスがやって来ました。ところが、信じられない事にバスは私が待っているバス停の前を素通りして行ったのです。

 そのバス停から自宅まで歩くと少なくとも一時間半近く掛かります。唖然としてバスを見送っていると突然タクシーが私の前に停まり、若い運転手さんが窓から顔を出して「最終に乗り損ねたんだろう。追い抜いてやるから乗れよ。」と言ってくれました。天の助けとはまさにこの事であります。私は、「スイマセン、お願いします。」と言ってそのタクシーに飛び乗りました。彼は前を走っていたバスを追い越し、次のバス停まで走ってくれました。私が「いくらですか?」と聞くと、その親切な運転手さんは「金はいらんよ。早く下りんとまた乗り損ねるぜ。」と言ってくれました。私は急いで礼を言い、タクシーを降りて、バスが来るのを待ちました。

 バスは、すぐにやって来ました。今度はちゃんと停まったので、無事バスに乗ることが出来ました。乗ってからすぐに運転手のところに行き、一つ前の停留所で素通りされたことの苦情を言うと、彼は、こう言い放ちました。「俺が見た時は、誰もバス停にいなかった。」「俺は見えやすい所にちゃんと立ってたんだ。あんたの不注意だろ。」と言い返しましたが、彼は黙り込んだだけで、謝罪の言葉は最後まで口にしませんでした。まだ若く血気盛んだった私は、思わず奴の顔に正拳突きをお見舞いしたくなりましたが、グッとこらえました。

 この日起こったことを私は一生忘れないでしょう。なぜなら、信じられないような不運と幸運を同時に体験したのですから。



※この記事のURL: http://koshiki.jugem.jp/?eid=11

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