得意技

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 マイティー・モーとセーム・シュルトの試合を見た。身長2m18cmのチェ・ホンマンを初めて倒したモーが、同じくらい長身でホンマンとは全く違うタイプのシュルトとどう闘うかが試合の見所になる筈だった。

 なる筈だったが、結果は、シュルトの一方的な試合、モーには全くと言っていいほど、いい所は無かった。

 この手の試合は、よく見受けられる典型的な戦略ミスの試合である。
 それまで誰も倒したことのないホンマンをKOしたのだからモーは、さぞかし得意の絶頂にあったことだろう。そこに、大きな落とし穴があった。何故なら、あのKOシーンを見た他の選手たちは、「人の振り見て我振り直せ」とばかりに、上から鉈を振り下ろすのように打ち下ろす所謂”ロシアンフック”に対する対策を立てたからである。まして、一度ホンマンに敗北を喫したシュルトである。他のどの選手より必死であのパンチに対する防御策を立て、モーの攻略法を考え抜いた筈だ。

 モーは、自分の対戦相手が自分のスウィングに対して対策を立てていることなど全く考えていなかったとしか思えない闘い方をしていた。これは、亀田と再戦した時のランダエダも同じだった。初めから来ると分かっている技を防御することほど楽なことはない。

 一度痛い目に逢った相手は、よほどのバカでない限り、同じ目に逢わないように用心する。他人が痛い目に遭った場面を目撃した人間も同様である。不思議なことに、この単純な事実が分からない人が、武道界や格闘技界には結構多い。理由は、著者にはよく分からない。強いて推測させて頂くなら、自分が、相手の立場だったらどう感じ、どう考えるかということを考える人が、武道界や格闘技界にはあまりに少ないせいかも知れない。闘いの中で「俺が、俺が」と自分を主張しなければ生き残っていけない世界なので、人の立場に立ってものを考えるのが難しいのだろう。

 高野佐三郎が言っているように、相手の動きに合わせながらも、相手を自分の思い通りに動かせるのが武道の理想である。この点に関しては、現在の武道界・格闘技界は些かバランス感覚に欠けているように思われる。

 かなり苦言を呈する形になってしまった。これも、武道や格闘技を心より愛するゆえである。もし、この記事を読んでご気分を害された方がいらっしゃったのなら、心よりお詫び申し上げたい。

 話をモーとシュルトの試合に話を戻したい。モーにも何度かチャンスはあった。シュルトのあの射程の長い蹴りと蹴りの合間を縫って、モーがシュルトの懐に飛び込んで例のパンチを放ってシュルトが防御した直後に、フックを入れて下さいと言わんばかりにシュルトの脇腹はガラ空きだったし、ローキックをシュルトの足の内側に入れることもできた。しかし、悲しいかな、練習していないことは、試合では出て来ない。せっかくあれだけ長身のシュルトの懐に入り込めるだけのステップインの技術と気迫を持っているのに、その長所を活かし切れなかったのは真に残念である。これは、一つの得意技に溺れ、他の使えるパターンを練習しておかなかったモーの戦略ミスである。

 著者が、中国拳法を修行していた頃、よく老師にこう言われた。「得意技を持ってはならない。得意技を持てば、必ず研究され、対策を立てられ、遅れをとるからだ。理想を言えば、5パターンか7パターンの戦術を持ち、それを回しながら使うことだ。」

 著者自身の経験から言えば、幾つかのパターンのどれを使うかは、相手と組む前に予め決めておかない方がいい。飽くまで、その時の試合の流れに沿って、技が自然に出るに任せるのだ。こうすれば、自分自身でも何が出て来るのか分からないのだから、相手にも予測できない。

 しかし、これはK1では難しいかも知れない。あまりにも、年間にこなすべき試合数が多過ぎて、これだけのパターンを使えるように調整するための時間がないからである。著者がK1の現役選手の方々に申し上げたいのは、次の事である。「一度試合で使ったパターンは、たとえその試合に勝ったとしても、暫くは使えませんよ。特に、同じ相手には・・・。」

 そして、著者と同じように古式の武道を修行していらっしゃる方々に申し上げたいのは、以下の如くである。「一つの技に溺れず、様々なパターンを使えるようにユックリ心・技・体を練り上げていって下さい。武道は、一生かけて修行していくものです。」

 再見!

 

※この記事のURL: http://koshiki.jugem.jp/?eid=32
 

KOシーン

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 剣道では、敵の剣先や手元に目を奪われてはならないと教えられる。

 空手や拳法も同様である。敵の突きや蹴りに目がいくと、次の瞬間には別の攻撃を喰らってしまう。

 と言うわけで、私も常日頃、弟子たちには、決して相手の手足に眼をやってはならない、と口を酸っぱくして指導している。

 K1をみていても、このことを守っていない選手は大抵KOされているようだ。(これって、基本なんだけどなー。)

 では、どこに眼をつけていれば、いいかと言うと、それは相手の眼である。相手の眼が怖い人や、相手の眼の動きによるフェイントに引っ掛かりたくない人は、相手の眉間を見るといい。

 眼や眉間を見ていれば、相手の全体的な動きは、自然に眼に入ってくるので、より的確に相手の攻撃に対応できるようになる。もしあなたが、組み手や乱捕りで、よく攻撃をもらってしまうのなら、騙されたと思って、一度このテクを試すといい。きっとその効果にビックリするだろう。健闘を祈る。




※この記事のURL: http://koshiki.jugem.jp/?eid=29

KOシーン

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 K1は好きなので、テレビでよく見る。
 なんと言っても、大男たちが、殴り合い、蹴り合う重量級が圧巻だ。
 あれを見て、ストレスを発散させている人も少なくないと思うが、かく言う私もその一人である。

 それはそれとして、今日は、一武道修行者として、K1でよく見受けられるKOパターンの一つを分析してみたいと思う。と言っても、K1と古武道は全然違うので、両者の優劣を比較する積りはないので、念のため。たとえ同じ重量であっても、我々が、あのリング上で、あのルールで、グローブを着用して闘えば、十中八九ボコボコにされるであろうし、地面の上で、一切制限なしで闘えば、K1の現役選手であっても我々に遅れをとることは充分あり得る。

 まあ、沖縄松林流空手喜舎場塾の新里勝彦先生もおっしゃっておられるように、武道には武道の、スポーツにはスポーツのいいところがあるので、単純な比較はあまり意味がない。

 ただ、共通している部分もかなり見受けられるので、今回は、さきほど言ったように、典型的なKOパターンの一つを取り上げたいと思う。

 古式の修行者として、一番目に付くのが、膠着状態からの離れ際でのKOシーンである。
 我々、古式の空手や拳法の修行者は、かなり初歩のうちから、離れ際には充分注意するよう厳しく指導される。

 それは、離れ際が最も油断する瞬間でもあり、隙のでき易い場面でもあるからだ。と言うわけで、我々が鍔迫り合いの状態から離れる時は、相手の体の中心に向って両手で押すようにして離れる。

 また、近接した状態から一旦間合いを取るために離れるときは、「何か」をしながら離れる。この「何か」は受けであってもいいし、突きや蹴りであっても構わない。相手が追撃して来ようが来まいが、この作業を必ず行うように叩き込まれる。

 相手が無防備に追撃してくれば、相手にこちらの突き・蹴りが意図せず入ることもある。また、相手の突きが自動的に「受かる」こともよくある。仮に相手が、追撃してこなくても、動きそのものとしても美しく、直ちに隙のない構えに戻ることができる。何より、組んでいる本人に安心感がある。

 具体的な技術については、ちゃんとした古式の先生について、指導を受けるしかないが、これを頭に置いておくだけで、離れ際に無様にKOされることはかなり少なくなる筈だ。

 もっとも、この技術がK1に採り入れられたら、派手なKOシーンが少なくなって視聴率が大幅にダウンするかもしれないが・・・・・・。

 まあ、私の愚見が、格闘技や武道を修行しておられる方々の参考になれば、管理人としては幸甚である。

 K1の現役選手の皆様、くれぐれもお体をお大事に・・・・・・。一ファンとして、皆様方のご健闘心よりお祈りしております。



※この記事のURL: http://koshiki.jugem.jp/?eid=28

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