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武道の智恵 此 崛箸濕蝓 亜    組手の流れ・一人稽古・型

JUGEMテーマ:空手道



 ここのところ、非常に細かな技術論ばかり書いてきたので、些か「木を見て、森を見ない」という傾向になっていたかもしれません。そこで、今日は大局的な見地に立った組み手論を書いてみたいと思います。今から皆様に申し上げることは、古式武道を修行していらっしゃる方ばかりでなく、他の格闘技やスポーツ空手をやってらっしゃる方々にも充分役に立つと思います。少し長くなるかもしれませんが、最後までお付き合い下さい。では早速いきましょう。今回皆様に申し上げたいポイントは三つです。
 

 

 

 第一のポイントは、以前私が、「型とその変化」で述べさせて頂いたことと同じです。つまり、基本の型を活かしながらも、実戦や組み手における変化に臨機応変に対応出来るようになるには、何をどう練習すればいいかと言うテーマです。実戦や組み手に決まったパターンはありません。実戦や組み手は、時々刻々その姿を変化させます。一定のパターンで戦おうとしても、相手は自分の予想通りには動いてくれません。しかし、永い間組み手や試合を経験したり観戦したりしていると、その枝分かれ的な変化を80%から90%くらいは予想できるようになります。
 


 この組み手や試合における変化を樹木の枝分かれを例にとって説明してみましょう。例えば、Aという幹から出る幹の次に太い枝はB1・B2・B3・B4・B5の五本だとします。その一つの枝B1から二番目に太い枝B1−C1・B1−C2・B1−C3が出ています。三番目に太い枝がB1−C1という枝からB1−C1−D1・B1−C1−D2・B1−C1−D3 etc.、といった具合に出ています。そして、またB2から、別の枝別れが始まるわけです。
 この樹木の枝別れと同じように組み手や試合における選択肢も無限に広がっていきます。枝分かれしている部分は組み手や試合の流れの分岐点と言えるでしょう。先ほども申し上げましたが、この樹木の枝分かれ状の変化の80%から90%は予測可能なので、この変化を技が崩れないように注意しながら、練習することが可能です。但し、これには時間が掛かります。それに、指導者及び被指導者の両者ともにある程度の頭脳労働が要求されます。しかし、この労を厭いさえしなければ、かなりの自信と安心感を持って組み手や試合に臨めます。相手がどの選択肢を選んでも、80%から90%は前以てシュミレーションしているので比較的落ち着いて対応できるからです。
 

 もちろん、全てを網羅することはできません。この比喩を使って言えば、樹は生きているので常に新しい枝が出て来るからです。このカバーできない部分をどう補えばいいかについては、また後ほど述べさせて頂きます。
 


 第二のポイントは、シャドウ組み手の重要性です。
 中国に来る直前にケーブルテレビで地元の空手試合の模様が放送されていました。流派は確か剛柔流だったと思います。その時、高校生女子組み手の部で一人の背の高い女の子が優勝しました。彼女は、実に相手をよく見て冷静に試合を進めていました。彼女は試合後のインタヴューで、「〜さんは男の子と組み手の練習をしたりするんですか?」と聞かれ、「組み手の練習は一人でやります。」と答えていました。そんなことが、可能なんでしょうか?可能です。
 

 彼女のやったことは、私が「武道の智恵」(http://koshiki.jugem.jp/?eid=179)でご紹介した「経験の整理」,汎韻犬海箸世隼廚錣譴泙后自分の組み手試合における敗北や辛勝体験から得た教訓を活かして何度もシャドウ組み手(=目の前に相手が立っていると想定し、その想像上の相手と実際に戦っているつもりで練習する組み手)をやったのです。さもないと、一人で組み手の練習をしてあれほど組み手が上手くなるとは到底思えません。こういう組み手の練習方法のいいところは、三つあります。

 仝鋲箸粉超で、自分自身の弱点や欠点としっかり向き合うことができる。

 怪我をせずに組み手の練習ができる。

 A箸濕蠅領習による技の崩れを最小限にすることができる。

 恐らく彼女にとっては、一年に何回かしかない組み手試合は、一人でのシャドウ組み手稽古で得た仮説を実証するための実験場だったのでしょう。もし彼女が友人か家族にビデオカメラで自分の試合の様子を撮影してもらい、その録画を何度も見て研究していたとすれば、なおのことこういう事が可能だったと推測できます。自分自身が動いている映像があれば、自分を第三者のように冷静に観察することができるからです。(ここまでやれば、アマチュアというよりは、プロですが・・・・・・)
 


 さて、第三のポイントです。これは、先ほど第一のポイントで述べさせて頂いた予測できない組み手や試合の状況に対応するために何をどう練習すればいいかというテーマです。これに関しましては、以前書いた「型とその変化」から、その一部をここにそのまま転載させて頂きます。

 「今上記のような練習で実戦や試合の80〜90%をカバーできると述べましたが、では、残りの10〜20%はどうやってカバーすればいいのでしょう。方法は、二つあります。一つは、古式でいうところの『踊り』の稽古です。踊りとは、古式武道の用語で、今で言うところの演武型・套路のことです。空手に関して言えば、型と組み手は必ずしも同じではありません。ある意味、型と組み手は別物だと言ってもいいでしょう。にもかかわらず型を稽古するのは、そこに先人の知恵の集大成が秘められているからです。『隠し手』の伝授も含めての、型の分解や実戦への応用と言う稽古方法の有益性を充分に認めながらも、ただそれだけではない奥の深さが型には存在すると私は考えています。それは、動きのエッセンスの腰への蓄積です。このことに関しては、松林流喜舎場塾の新里勝彦先生と同じ考えを私も持っています。
 
 多人数組み手をしているとき、全く無意識に拳法の踊りの所作が出たと同時に横から飛んで来た足刀蹴りが『受かった』ことがあります。『受かる』!『受ける』ではありません。古式の先生は、よくこの言葉を使います。日常生活で使う日本語にはない日本語の使い方です。受けると言うのは、意識的に行う動作ですが、『受かる』というのは自然に防御ができた状況を表現しています。これは、型を何度も稽古することにより、長い歴史の中で培われたその流派の動きの精髄が腰に蓄積されていたからこそ出来た事です。
 
 もう一つの方法は、翔君がこのブログ上で述べているように、瞑想を実践することです。普段から瞑想を実践することにより、無意識を上手に使いこなせるようになり、所謂『無想拳』が体の中から自然に出て来るようになるのです。集中から瞑想状態に移行し、命のやり取りの場面でも心の平安が保てるようになるのです。」(http://koshiki.jugem.jp/?eid=93
 


 上原先生はよく「スポーツにはスポーツのいいところがある。」とおっしゃっておられました。また「スポーツとしての空手を学ぶか、武道としての空手を学ぶかはその人が選ぶことだ。しかし、今は武道としてやろうなんて奴は物好きだけだ。」ともおっしゃっていました。私自身両方の世界に身を置いていたので、上原先生の言葉の意味はよくわかりました。あれから、30年近く経ちました。時代は随分変わったように思います。宇城憲治先生、新垣清先生、新里勝彦先生などの緒先生方のご活躍のお陰で、古式の空手が最近見直され始めたようです。いいことです。
 

 昔、私が「古式の空手をやってる。」と若い人に言うと「古式?何ですか、それ?」という反応しか返って来ませんでした。その事を思い出すと、隔世の感があります。これから多くの若い人たちが古式空手に興味を持ち、情熱をもって学び、先人達の遺した技術と智恵を受け継ぎ、若くフレッシュな頭脳でそれを進化させ、この貴重な文化遺産を次の世代に伝えていって頂きたいと思います。
 

 私自身も学んだ事を全て弟子に伝え終えれば、本当に肩の荷が下りると思います。それが終われば、空手の世界から身を退くつもりです。後は弟子たちが盛り立てていってくれるでしょう。と言っても、武道を止めるわけではありません。また新たな武道の可能性を模索していく積りです。「老兵は死なず。ただ去りゆくのみ。」ってとこですかね。
 

 この「組み手・乱取り」シリーズは今回をもって目出度く終了となりました。イヤー、ほんとに長かったです。ここにご紹介したものは、古式の初段レベルまでの世界です。まだまだその先があります。この記事にお目を通して頂く事で、古式武道の奥深さを少しでも感じて頂ければ、またこのシリーズが、多少なりとも現在武道を修行していらっしゃる方々のお役に立つことがあれば、私としてはこれに勝る喜びはございません。
 

 本シリーズは、どちらかと言うと、一般の読者の方というよりも、武道の世界に身を置いておられる玄人向けに書いたものです。専門的になり過ぎて、一般の読者の方には面白くなかったかもしれません。これだけ技術について詳しく書いたのは、現実的な技術論を何も述べずに、抽象的な武道論だけを展開したくはなかったからです。一般の読者の皆様、ゴメンナサイ。(>_<)!
 

 私、本シリーズで明日のジョーのように燃え尽きてしまいました。暫くお休みを頂いて、また皆様にお目にかかるつもりです。「武道の智恵」以外のブログはチョコチョコ書くかもしれませんが・・・。
 また、このサイバースペースでお会いしましょう。。それでは、サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ(^_^)/~!

 PS  本シリーズでご紹介させて頂いた、古式拳法の「約束自由組み手」は、最初のうちは防具を着用して練習されるとより安全に上達していけるでしょう。
※この記事のURL: http://koshiki.jugem.jp/?eid=228

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  • 2019.10.18 Friday
  • -
  • 20:48
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コメント
ジャンルは違っても、置き換えてみるとよく分かりました。(分かったつもり)

ありがとうございました。
  • meiko
  • 2011/07/12 2:13 PM
 コメント頂き、アリガトウございました。また、あちらのサイバースペースでお会いしましょう。
  • Ryuichi Takano
  • 2011/07/16 12:28 PM
管理者の承認待ちコメントです。
  • -
  • 2018/03/26 2:13 AM
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