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瞑想録 22  ― 顕教的アプローチ

JUGEMテーマ:瞑想

 久しぶりの瞑想録となりました。昨年の五月に記事をアップしてからつい最近まで、特に進歩が見られなかったので、瞑想については何も書きませんでした。

 最近は、エックハルト・トールにインスパイアされて、かなり瞑想が進みました。彼の言っている程度のことは、既に古今の聖者や宗教家が述べていることなので、別段真新しいことは何もなかったんですが、このタイミングとあの雰囲気で語りかけられたのは、大きかったですね。

 3年半近く悪戦苦闘して、どうしても超えられなかった壁を越えるキッカケを彼に与えてもらいました。

 彼の動画を視聴するまでは、瞑想に対しては、主に密教的及び仙道的なアプローチを取っていましたが、今は、顕教的なアプローチを取っています。顕教的なアプローチと言っても、臨済宗や曹洞宗などの禅宗的なアプローチではありません。密教的な瞑想に到達する前段階としての顕教的なアプローチです。

 どんな人の中にも真我が存在していますが、それに気づけない人たちが世のほとんどの人たちです。かく言う私も、まだその段階にいるんですが、やっとその存在が顕現するのを妨げているもう一人の自分の存在に気がつき始めました。

 「真我」という言葉が存在するなら、「偽我」という言葉も存在し得るわけです。この偽我は、過去世及び今生で作り出したカルマが自分自身に跳ね返って来たことにより、防衛機制として想念が作り上げた実体のない自分です。カルマ劇の中で、演じざるを得ない役柄の様なモノと言ってもいいでしょう。

 この役柄から抜け出して、本来の自分に戻る作業が、顕教的な瞑想だと言えるでしょう。

 師彦和尚は、いつも自分に向かって、「だまされるなよ!」「冷静さを保て!」と仰っていたそうです。まだ悟ったわけでないので、日常生活の中で、怒りや憎しみなどのネガティヴな感情が湧いて来るときがありますが、そういう時は、師彦和尚に習って、偽の自分に騙されないように努めています。

 この作業を通して、自分自身の中のシャドウを徹底的に叩き潰さないと、夢見を完成することも、悟ることも、クンダリニーを覚醒することもできません。無理して、クンダリニーだけ覚醒してしまうと、黒魔術の世界に入りこんでしまう危険性もあります。

 これから、自分自身の中に存在する敵との厳しい戦いが始まります。最後までやり抜いて、この戦いに勝利を収め、苦境を脱したいと思います。



※この記事のURL: http://koshiki.jugem.jp/?eid=2495

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  • 2020.09.07 Monday
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