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ヌミノースな世界 57  ― 退屈している人々

JUGEMテーマ:ノンフィクション

 

 あれは、確か中国から帰って来て二年目の春の事だった。買い物をするために鷲尾山を下りると、麓の交差点が騒然としていた。普段は立っていない警察官が交通整理をしており、至る所にパトカーや消防自動車、救急車などが停まっている。

 

 何事だろうと思いながら、自転車をこいで東に向かっていると、すぐ近くのマンションの一室から煙がもうもうと出ているのが見えて来た。

 

 火事か!道理で騒がしいわけだ。

 

 煙が出ているのは、最上階の北側の部屋である。中にいる人は大丈夫だろうかと心配になって来た。暫くすると、マンションの下に救急車が二台やって来た。やはりケガ人が出たのかと少し暗い気持ちになる。ふと、私の前を見ると、オバちゃんたちが二人、アイスクリームを食べながら、その部屋を見上げている。

 

 「人の不幸が、そんなに面白いか?」

 

と言ってやりたかったが、何も言わなかった。すると今度は、私の左横に眼鏡をかけた瘦せぎすの中年男性がやって来た。彼は、煙が出ている部屋を見上げ、ユックリとシャツのポケットから煙草を一本とライターを取り出し、そのタバコに火をつけて、煙を深く吸い込んでから、

 

 「フ――」

 

と吐き出した。唖然として、それを見ていると、救急隊員たちが、キャスター付きの担架を二つ押しながら、火事が起きているマンションに向かって行った。だが、隊員たちはすぐに空の担架を押して戻って来た。どうやら、ケガ人はいなかったようだ。

 

 ホッとしてその場を去ろうとすると、今度は20代前半の男性が自転車でやって来て、顔に満面の笑みを浮かべながら、私に、

 

 「何があったんですか?」

 

と尋ねた。

 

 「火事ですよ。幸い、ケガ人はいなかったみたいですね。」

 

 「へーー、そうなんですね。」

 

と言って、実に嬉しそうな顔で去って行った。みんな、人生に退屈しているのである。退屈を紛らせてくれるのなら、そして自分の身に火の粉が降りかからないのなら、それが火事だろうと、道路の陥没だろうとなんでもいいのである。

 

 

 

※この記事のURL: http://koshiki.jugem.jp/?eid=2919

 

 


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  • 2020.04.01 Wednesday
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